このような背景で発展した備前地区は、蝋石業を中心に、運搬業や鉄工所などが従属しながら発展し、蝋石工業で有名な地域となりました。また同時に機械化に伴う、金型の需要が高まりと共に弊社も発展していきました。
初めてのことばかりでした。社員みんなで「できないをできる」に、「ないものをあるもの」 に知恵を振り絞っている間に現在のようなオーダーメイドの生産用機械メーカーへと成長 できたと思います。先代から二代目 三代目の現在もそのスタンスは変わりません。社員のマインドも変わらず 成長し続けています。「備前の土(つち)のように粘りを大切に、100年先の未来をよりよい社会により安全安心な世の中 に私たちは想像を止めません。
自動車や風車といった回転系のものが滑らかに動くためのベアリングを作っている会社のより丸くて傷がないコロを作り出すための検査機を作っています。ミクロの傷もゆがみも見逃さない検査機は人間以上の能力です。
昔は蛍光灯を作る製造ラインも作っていました。今は蛍光灯の製造はないですが、そちらの会社でもいろいろな隙間を我が社の機械が動いています。オーダーメイドなのでどこでどんな仕事をしているかは「ないしょ」なのです。大人の事情。「機密保持」です。